谷和樹の教育新宝島

特典資料

谷和樹の解説

理屈はいい。実際はどうなんだ?
コロナ前。
ボストンに視察に行った時。
担当の先生が校内を案内してくれました。
その学校の素敵な中庭です。
中庭で子どもたちが活動しているのだとか。
行ってみると、誰もいません。
「あれ?まだ来てないな」
という感じで、その先生は中庭を見渡しました。
もうすぐ来るのかな。
そう思って
「Will they come ...」
と私が聞き始めたところ、
その先生は答えました。
「うん、もうすぐここに来るよ」
もちろん、英語です。

They will come here soon.
って言うだろうなって思ったら、
その先生は「別の言い方」をしました。
いや、ほんの微かな違いです。
「彼らはもうすぐここに来るよ」
という日本語を、普通に英語にすればいいのです。
英語の堪能な方ならお分かりかもしれません。
ただ、ネイティブでない日本人は、まずめったに使わない表現のようです。
私は、これをいろいろなところで聞いてみました。
自分のサークル。
英語の堪能な方。
英語の先生が集まる英語セミナー会場でも聞きました。
でも、始めからその表現を使った人は、誰もいませんでした。
ヒントを出すとわかるかも知れません。

They will come(  )here soon.
この括弧の中にもう1語、付け加えて言ったのです。

図
正解は

They will come up here soon.
でした。
それがどうした?
って話ですよね。
でも、私には衝撃的だったんです。
「その、"up" って何?」
って思ったわけです。
その後、この疑問はずっと忘れていました。
でも、頭の片すみに、ちょっとだけ残ったままになっていたんです。
そのまま5年。
今年になって、たまたまです。
読んだ本の中で、この表現の説明に出会いました。※1)
これは「位置の2段階指定」っていうのだとか。
このupのような使い方を理屈で説明することもできる。
できますが、ネイティブは理屈を考えていない。
結局、理屈は後でくっつけている。
ネイティブが無意識に使っている表現。
理屈はともあれ、それが正解だ。
みたいなことです。
使用基盤モデル
って言うようです。

いくつか、例を挙げてみましょう。

He was out in the hall. (あいつ廊下にいたよ)
I want to punch him in the face. (彼の顔、なぐりたい)
Do you mind if I hug you? / Hug away. (ハグしてもいい? / いいよ)

いずれも、なんとなく意味は分かりますよね。
でも、とりわけ太字で下線にしたところ。
ネイティブじゃない日本人は、まず使わない表現では?
「Hug away.」にいたっては、「ハグしないで!」って勘違いしそうです。

日本語にも同様のことがあります。

京都に行く
京都は行く

この2つの文は正しいですね。
京都には行く
これも正しいです。
では、

京都はに行く

これが「正しくない」のはナゼ?
理論的に説明できますか?
私はできませんでした。
いや、それはおかしいからダメ!
って言うしかないでしょう。
これを外人向けに説明したのが江副文法です。※2)
でも、日本人に理屈は必要ありませんよね。

もちろん理論は重要です。
しかし、実践は常に理論より広い情報を含みます。
人々が無意識にとっている行動。
それがやがて理論化されていくのでしょう。
逆ではありません。

1 解けそうで解けない問題
向山が教室で出題した有名な問題があります。
4年生です。

ある日の昼の時間は、夜の時間より一時間長い。
昼と夜はそれぞれ何時間か。

出題しただけで子どもたちは熱中します。
なぜなら、これが
「解けそうで解けない問題」
だからです。

簡単に解けそうなのに、
やってみるとなかなか解けない。

だから知的好奇心をくすぐるのです。
向山の出題のきっかけは、「国語教科書」です。
当時の国語教科書に
「妹の宿題」
という物語が載っていたのです。
興味ある人は次の本に所収されています。

ノーソフ『ビーチャと学校友だち』(学研小学生文庫5)
https://www.amazon.co.jp/dp/B000JBQK86

そのお話の中に、算数の問題が出てくるのです。
男の子と女の子が、森でクルミをとっていました。ふたりで百二十個あつめました。女の子は、男の子の半分だけあつめました。男の子と女の子は、それぞれいくつずつクルミをあつめたのでしょう?(上記本から引用)

なかなかいい問題ですね。
国語の時間にこの問題をみて、向山は考えます。

私は子供たちにも同じ体験をさせてみたいと思った。
できそうでいてできない問題に取り組ませるのである。

そう考えた向山。
「できそうでいてできない問題」を出題します。
それが、先ほどの「昼と夜の時間」の問題です。
向山がこうした
「知的な問題」や「学習ゲーム」
に精通していたことは、vol.03、vol.23、vol.37、vol.40等にも書きました。
参考までに、向山が子どもたちに出題していた他の問題もいくつか紹介しましょう。

〈例1〉

図
〈例2〉
図
〈例3〉
図
まずは
教師がこうした問題を数多く知っていること
これが前提です。
2 教室での向山の手順~問題の出し方
さて、先ほどの問題をあなたの教室で出題します。
まず、何をしますか?
ぜひ、ノートに書いてみてください。



そうですよね。
おそらく、みなさん同じでしょう。

問題を出す
そう思ったのではないですか?
板書する
とか、

問題をノートに書かせる

とか、
そういうことを思いついたのでは?
しかし、向山はそうしていません。
問題を提示する前に「あること」をしているのです。
『学級通信アチャラ』(No.80)に書いてあります。

私は、一日は何時間あるのか確かめた後で、次の問題を出した。
念のため、実物を貼っておきます。

図
(向山洋一『学級通信アチャラ No.80』)
つまり、向山は問題をいう前に

一日は何時間ありますか?
と聞き、

そうですね。
一日は24時間ですね。

と確かめたうえで、問題文を板書したのです。
なぜ、向山は、問題を提示する前に一日の時間を確認したのでしょうか。
問題を提示した後に一日の時間を確認しても、あまり変わらないのでは?
おそらく
「そのほうがいい」
と直感したのでしょう。
もし、先に問題を提示したらどうなるでしょうか。
問題を読むスピードが子どもによって違います。
理解するスピードも違います。
「先生、一日って24時間ですよね」
などという質問をする子もいるかも知れません。
すこし混乱しそうです。
どちらがいいかは、100点対0点ではありません。
でも、向山という超一流が現場で直感的にやることです。
それには、理論より先に何かあるかもしれない・・・
そう考えて、私は追試してきました。
そのほうがうまくいく感覚があったからです。
実践は常に理論より広い。
超一流が無意識にとっている行動。
それがやがて理論化されていく。
理屈じゃない、実際そのほうがいい感じがするんだ。
みたいな感覚です。
3 子どもがノートを持ってきたら
手順1:一日は何時間あるのか確かめる
手順2:問題を出す

さて、手順3は?
『アチャラ』を持っている人は、まず見ないで推定していただきたいところです。



手順3はこれです。

手順3:椅子に腰かける

何も言いません。
黙って教卓の椅子などに腰かけます。
子どもたちが慣れていないなら
「できたらノートをもっていらっしゃい」
程度は言ってもかまいません。
子どもたちが、
「できました」
と言って、ぞろぞろとノートをもってきます。
この後が「手順4」です。
ノート持ってきた子たちに対してどう対応しますか?
いかがでしょうか。
多くの方が
「黙って◯か×をつけてあげる」
のように考えたのでは?
私もそう考えました。
でも、違うのです。
それも『アチャラ』に書いてあります。

私が椅子にすわるやいなや、何人もの子がぞろぞろと「出きました」と、ノートを持ってきた。算数を得意だと思う面々である。
この後です。
ここでのポイントは、

算数を得意だと思う面々である。
という表現です。
もっと絞ると

面々
という表現です。
この後、その「面々」に向山はこう言いました。


手順4:何も口に出すな
正確には
私は「何も口に出すな」ときつく言ってから、ノートを採点した。
と書いてあります。
ノートを我先にと持ってきたのは一人ではありません。
数名がぞろぞろとやってきたのです。
最初に来た子だけに言うのではありません。
「面々」に、つまり持ってきた全員に言うのです。
「何も口に出すな」
おそらくは教室全体に聞こえる程度の声でしょう。
その上で採点したのです。
どうして、「口に出してはいけない」のでしょう。
×をつけられた子が、
「えーっ、なんでーーー!!」
とか、言い始めるかも?
それはそれで盛り上がって楽しいような気もします。
でも、ここではあえて、声を出させない。
そのほうが、全体が熱中する。
向山はそう直感したのでしょう。
これも、理屈はつけられそうな気がします。
でも、理屈以上の何かがあるような感じもします。
「口に出してもいい」
という設定でもいいかも知れません。
それなりに熱中するかも知れない。
それは、わかりません。
みなさんがいろいろとやってみればいいです。
私の場合は、
「まずは一流をトレースする」
ことを選択したということです。

あ、ちなみに
「何も口に出すな」
という言い方が、令和の時代ではちょっとキツい?
だったら、
「絶対に声を出しませんよ」
みたく言ってもOKだと思います。

4 しっかりと大きくバツをつける
さて、その次の手順5はいいですね。
手順5:しっかりと大きくバツをつける
「しっかりと大きく」がポイントです。
子どもたちはびっくりします。
声を出しそうになります。
でも「口に出すな」とさっき言われたばかりです。
必死にガマンします。
「そんなはずあるものか」
「合っているはずだ」
という表情で、ゆっくりと席へ帰っていきます。
ノートと先生の顔を見ながらです。
席についてもまだ
「変だ」
「おかしい」
という顔つきをしています。

ここで次の手順です。
教師はどういう態度をとりますか?
はい。


手順6:確信ある表情をする
教師は自信たっぷりの表情です。
確信をもってバツをつけるのです。

5 向山学級での子どもたちの反応
ここから先は、向山学級とあなたの学級で差が出ます。
子どもたちの実態が違うからです。
向山のとおりに完全に追試することはできません。
「現場での応用問題」です。
でも、だいたいはトレースできます。
『アチャラ』に記録が残っているからです。

参考のため、向山学級での子どもたちの様子をシミュレートしておきましょう。

1)最初に持ってきた子たちは全員バツ
  (「昼13時間、夜11時間」と書いている)
2)20人くらい全員バツ
3)バッタリ来なくなる。苦しんでいる。
  (ここまでで15分をすぎる)
4)何人かがちょぼちょぼ来る。全員バツ。

ここで「久保田さん」だけが違う間違い方をします。
向山は当然、それをその場で見取ります。
そして「ちょっと介入」するのです。

5)【介入1】
久保田さんのまちがいが高級だ

ところが
「久保田さんはどんなまちがい方なのか」
は言いません。
子どもたちは考えます。
「久保田さんのまちがいは高級?」
「まちがい方に種類があるのか?」
いろいろなまちがい方がある
高級なまちがい方もある

そう思った子どもたちは、さらに熱中します。
たとえバツでも、それが高級かも知れないからです。

6)25人目の安生君が正解。AAAをつける。

安生君はクシャクシャの笑い顔。
「やった」となります。

7)また時間がすぎる。
8)のべ40人目。村上さんが正解。AAAをつける。
9)のべ70人目。永井君が正解。
10)柳井君、松崎さん、坂口君など
  「数うちゃあたるだろう」の子がたくさん答を書く。
11)困った子が「答えはない」と書いてくる。

ここで、向山は2回目の介入をします。

12)【介入2】
さっきの久保田さんの良いまちがいは、
昼12時間、夜12時間というものです

ここで「久保田さんの良いまちがい」を発表するのです。
ところが、
「それがなぜ良いまちがいなのか」
は一切説明しません。

「事実と教師の評定」だけを淡々と伝える
のです。
久保田さんのまちがいはなぜ良いのでしょうか。
そうですね。
「昼が夜より一時間長い」
「一日は24時間」
この2つの条件と
「格闘している」
からです。
他の子たちの答は
「24時間を2つに分ける」
ということだけで安易に結論しています。
13時間と11時間では2時間違ってしまうなあ・・・
じゃあ、12時間と11時間なら?
だめだ、23時間になってしまう。
・・・12時間と12時間かな?
このように格闘したのが久保田さんの答えです。
2つの条件を考えて悩んでいるからこそ、
「良いまちがい」
になるのです。

13)なぜこれが良いまちがいなのか、
  やがて子供は理解する

と、向山は書いています。
説明しなくても、自分たちで突破してくるのです。

14)のべ108人目。四番目の正解は久保田さん
15)125人目。伊奈君が正解。
16)152人目。菱田君が正解。
17)155人目。野地君が正解。

ここで向山は3回目の介入をします。
おそらく、授業の終了時間を気にしたのでしょう。

18)【介入3】
初めて持ってきた人は、
昼13時間、夜11時間でした。
しかし、ここから考えは始まるのです。

このヒントが子どもの思考を促します。
19)192人目。星さんが正解。
20)194人目。座間さんが正解。
21)208人目。石川さんが正解。

向山の4回目の介入
22)【介入4】
だから、昼12時間、夜11時間と
いうように考えるのですが、
これでは一日が23時間です。

23)ここから正解のラッシュ
24)原田さん、伊藤さん、坂口君、小林君、内山くん、
  小坂くん。

そして、ついにチャイムがなります。
最後まで答えは教えません。

ここまで、向山学級の子どもたちの状況を記録しました。
何か気づきませんか?
「194人目。座間さんが正解」
のような記述。
数値が正確すぎませんか?
これは、どういうことでしょうか。
持ってきた子の人数と名前を、向山は全部覚えていたのでしょうか。
いえ、おそらくその場で記録したのでしょう。
「正の字」などを書きながら、持ってきた子たちの名前をメモしていったのではないか。
私はそう推定します。
この向山の「数値」に基づいた実践記録。
これがあるおかげで、私たちは
「自分たちの追試と比較検証」
ができるのです。
これが「現場に根ざした教育研究」の基本だと思います。

6 向山の5種類目の介入
さて、上記の記録によれば、
子どもたちが問題に取り組んでいる間

向山は4回しか発言していない
ことになります。
しかし、それは正確ではありません。
もう1種類、向山は「何度か」介入しています。
それがこれです。

【介入5】
途中で何度か「答えを教えようか」という

何度言ったのかはわかりません。
授業後半に子どもたちの様子をみて言ったのでしょう。
子どもたちは

必死で「教えないで」と叫んでいた
ということです。
できなかった子は休み時間まで解き続けます。
まさに、究極の熱中状態ですね。

図
図

出典・引用
1)向山洋一『学級通信アチャラ№80』調布大塚小4年1982 向山実物資料A118(1)-07-01-80
2)向山洋一『向山の演習問題 授業編』(明治図書)p.19-22
3)向山洋一『教室ツーウェイ1994年12月号(直筆原稿)』 向山実物資料XA01-199412-01
4)向山洋一『教室ツーウェイ1994年12月号』(明治図書)p.9-11

関連リンク
1)平沢慎也『実例が語る前置詞』くろしお出版
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B09RSQGKSC/
2)江副隆秀『日本語の助詞は二列』創拓社出版
https://www.amazon.co.jp/dp/4871382397/
3)ノーソフ『ビーチャと学校友だち』(学研)
https://www.amazon.co.jp/dp/B000JBQK86

『谷和樹の教育新宝島』内コンテンツの著作権は、すべて編集・発行元に帰属します。本メルマガの内容の大部分または全部を無断転載、転送、再編集など行なうことはお控えください。

また、当メルマガで配信している様々な情報については、谷本人の実践、体験、見聞をもとにしておりますが、効果を100パーセント保証する訳ではございません。
選択に当たってはご自身でご判断ください。

特典資料ダウンロードページおよび資料や映像、音声は予告なしに削除・変更されることがありますこと、あらかじめご了承ください。